五稜郭 星形の城がつないだ、時を超える恋

歴史的建造物

五稜郭、交差する想いと建築の記憶


出会い ―― 星の形をした場所で、偶然は必然になる

その日、函館の空は不思議な色をしていた。
薄い雲に光が拡散して、青とも白とも言えない、やわらかな色。

「やっぱり、来てよかった」

思わず声に出したのは、誰に聞かせるつもりもなかった独り言だった。
目の前に広がるのは、五稜郭公園。
パンフレットや写真では何度も見てきたはずなのに、実際に立つと、想像以上に静かで、そして包み込むような広さがあった。

堀の水面が、風に揺れている。
桜はまだ蕾が多いものの、ところどころ咲き始めていて、春が近いことを教えていた。

「初めてですか、五稜郭」

不意に、背後からやわらかな声がした。
振り返ると、少しベージュがかったジャケットを着た女性が立っていた。
年は二十代後半から三十代前半だろうか。派手さはないが、目元が穏やかで、どこか懐かしい雰囲気。

「あ、はい。ずっと来てみたかったんですが、やっと」
「わかります。その気持ち」

彼女は微笑みながら言った。
その一言だけで、なぜか胸の力が少し抜けた。

こうして、五稜郭という建築の中で、
ぼくらは互いの名前も知らないまま、同じ時間を歩き始めた。

五稜郭という建築 ―― 星形要塞に刻まれた願い

「上から見ると、ほんとうにきれいな星なんですよね」

彼女はスマートフォンを操作して、航空写真を見せてくれた。
完璧な五角形の星形要塞。
まるで意図的に「美しく」設計されたかのようにも見える。

「日本のお城って、天守があるイメージでしたけど……」
「ですよね。でも五稜郭は、まったく違います」

五稜郭。
江戸時代末期、1857年に着工し、1866年に完成。
設計のベースは、フランス式の稜堡(りょうほ)式城郭。

「砲撃に対して、死角をつくらないための形なんだそうです」
「守るための形。」

彼女は、星形の一角を見つめながら、ゆっくりと言った。

「争いのためなのに、こんなに静かなんですね。今は」

その言葉が、胸の奥に残った。

五稜郭は、当時としては最先端の軍事建築だった。
しかし完成からわずか数年後、箱館戦争の舞台となり、
その役割を終えることになる。

「完成したときには、もう時代が変わり始めてたんですよね」
「それ、切ないですね」

建築が背負う「時代のズレ」

建築は、未来を見てつくられる。
けれど、時代の変化は、いつもそれを追い越してしまう。

五稜郭はまさに、その象徴だった。
完成した瞬間から、すでに“過去になりかけていた”城。

だからこそ、この場所には、
言葉にできない余韻と、説明しきれない空気が残っている。


微かな違和感 ―― この場所は、時間に敏感すぎる

歩いているうちに、ふと音が変わった気がした。

遠くで、低く響く――太鼓のような音。
観光客の声とも、車の音とも違う。

「……今、何か聞こえませんでした?」

彼女も、足を止めていた。

「やっぱり、聞こえましたよね?」

その瞬間、視界がゆっくりと歪んだ。
まるで、水面に映る景色が揺れるように。

五稜郭の堀、道、木々。
色が少しずつ深くなり、空気の質感が変わっていく。


タイムリープ ―― もうひとつの五稜郭

土の匂いが、強く鼻をついた。
湿った土、木材、鉄。

「あれ……?」

さっきまで隣にいた彼女の姿は、なかった。

代わりに視界に入ったのは、
和装の人々、忙しなく動く兵士たち、緊張感のある空気。

幕末の五稜郭。

星形の城郭は同じなのに、
そこに流れる時間だけが、まったく違っていた。

「あなたは?」

声をかけてきたのは、若い女性だった。
凛とした佇まいで、しかし目には迷いがある。

「この城は、ほんとうに人を守れるのでしょうか」


幕末の彼女 ―― 建築と想いの狭間で

彼女は語った。
五稜郭が完成し、人々が「新しい城」と希望を抱いたこと。

しかし同時に、
戦が避けられない空気が、確実に迫っていたこと。

「星の形で守られていてもこの城の中にいる人の心までは、守れない」

その言葉に、胸が締めつけられた。

建築は、人を守るためにある。
けれど、それを使うのは、いつも人間だ。


五稜郭と箱館戦争

1868年から1869年にかけて起きた箱館戦争。
旧幕府軍と新政府軍、
その最終局面の舞台となったのが、ここ五稜郭だった。

星形要塞は、防御として一定の役割を果たした。
しかし、多くの命と共に、時代の幕は下ろされていく。


重なり合う時間 ―― 現代の彼女と再会

ふと、風が変わった。

気づけば、隣に現代の彼女が立っていた。

「やっぱり、ここにいました」

まるで、最初からわかっていたかのように。

「この場所、時代を無視して人を引き寄せますね」
「たぶん、変わらない“核”があるんだと思います」

星形の中心。
変わらぬ幾何学と、変わり続ける人の時間。


恋の芽生え ―― 守られる感覚

三人分の時間が、ほんのひととき交差した。

幕末の彼女、現代の彼女、そして自分。

「ここにいると、不思議と落ち着きませんか?」
「ええ。守られている感じがします」

五稜郭は、
いつの時代でも、人の心を静かに受け止めてきたのだろう。


すれ違い ―― 同じ想い、違う未来

「私、もう長くはいられません」

現代の彼女が、静かに言った。

「それでも……ここで出会えたことは、意味があったと思います」

約束は、しなかった。
時間を超える場所に、言葉はあまりに脆い。


別れ ―― 星形の中心で交わしたもの

風吹けば、景色がほどける。

幕末の彼女は、静かに頭を下げた。
現代の彼女は、最後に微笑んだ。

「また、この場所で」

それだけが、残った。


余韻 ―― 現代の五稜郭に立って

観光客の声。
五稜郭タワー。
整備された舗道。

すべては、いつも通り。

けれど、確かにあった。
三つの時代が交わった瞬間。


五稜郭を歩くということ

五稜郭は、
星形の美しい建築であると同時に、
時代と人間の想いを抱え続ける場所です。

ただ観光するだけでもいい。
けれど、少し立ち止まって、
その「静けさ」に耳を澄ませてみてください。

きっとあなたも、
切なくて、美しい物語のかけらを見つけるはずです。

次に五稜郭を訪れるのは、
過去か、未来か、それともあなた自身かもしれません。

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