海へ向かって開く建築
港に降り立った瞬間、まず鼻に届いたのは潮の匂い。
湿っていて、少し甘くて、どこか懐かしい。
都会の港とは違う。
音も違う。
エンジン音より、風の音のほうが勝っている。
島にきた。
五島列島という名前は、学生の頃から知っていた。
歴史の教科書で見た記憶もあるし、教会群の写真を雑誌で眺めたこともある。
でも、実際に自分がここに立つ来る日が来るとは、正直あまり想像していなかった。
旅の目的はそれぞれ。
観光。
グルメ。
今回の私の旅行の主な目的は建築。
宿泊先は、五島リトリート ray by 温故知新。
写真で見たときから、どこか「静かそうな建築」だと思っていた。
騒がない建築、というのは、つまり
自己主張が少ない建築。
年を取ると、こういう建築が妙に刺さる。
派手さがないことに落ち着く。
奇抜さがないことに落ち着く。
港からバスに乗り、窓の外を眺める。
低い建物。
畑。
鬼岳。
遠くに見える海。
景色に観光地感はない。
日々の生活の延長線にある風景。
バスを降りて少し歩く。
緩やかな坂を上ると、低い建物が視界に入った。
遠目に見た第一印象は、思ったよりさらに控えめ。
リゾートホテルというと、どうしても高さやボリュームで非日常を演出しがち。
でも、この建築は違う。
低い。
横に長い。
地面に沿っている。
地形をいじらないタイプ。
建築は、ときどき土地に勝とうとする。
この建築は、勝とうとしていない。
でも、それが素晴らしく美しい。
建物に近づくにつれ、素材の表情が見えてくる。
白っぽい壁。
コンクリートだけど、冷たさがない。
木のルーバー。
植栽。
色数は少ない。
でも、単調じゃない。
質感で勝負という感じ。
エントランスらしき場所に着いても、「ここが入口です」という派手なサインはない。
水盤が海に囲まれた島であることとリンクする。
床の素材が、屋外のものから少し変わる。
天井が、わずかに低くなる。
いつの間にかもう中だ。
建築が「入ってきましたよ」と言わない。
自分で気づく。
この感覚をデザインしているのか。

中に入ると、正面に大きなガラス。
その向こうに海。(昼間の写真を撮り忘れたので夜の写真で)
フレームのように切り取られた水平線。
これはロビーというより海を見るための部屋か。
椅子の向きも、ソファの角度も、海を意識させる。
人同士が向き合うより、
人に景色を感じさせる。
こういう配置をされると、自然と口数が減る。
静かになる。

ロビーでしばらく座って、何もせずに海を見る。
スマホは出さない。
これだけで、もう来た価値ある
絶大な解放感を携えるロビーと比較すると小さく見えてしまうクリスマスツリーが空間を華やかにしている(今日はクリスマス)

建築の説明パネルは見当たらない。
でも、分かる。
この建築は、
五島の風
五島の光
五島の湿度
を前提にしている。
だから、ここにある。
別の場所に移植したら、たぶん魅力は半分になる。
建築は「単体」で完結しない。
土地とセットである。

チェックインを済ませ、鍵を受け取る。
部屋へ向かう前に、もう一度振り返る。
相変わらず、主張しない建築。
素晴らしい空間。
派手さはない。
長く付き合える。
40代の自分には、こういう建築がちょうどいい。
客室は、たぶん、もっと静かだ。待ち遠しい。
そう思いながら、直線できれいにデザインされた廊下を歩いていった。




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