五島リトリートray by 温故知新【宿泊記】第3話

風と光を料理するダイニング


部屋で少し横になってから、予定された時刻を見計らってダイニングへ向かう。

廊下に出ると、昼間とは光の質が違う。
直射はなく、どこか拡散したような柔らかさ。

この宿、昼と夜で表情が変わる。

床を踏む音が小さい。
壁に当たる光も控えめ。

派手な照明器具は見当たらない。
ほぼ隠されている光源。

こういうところで性格が出る。

照らすのではなく、にじませる。

廊下は直線。

期待値が少しずつ上がる

歩くという行為そのものが、体験になっている。


ダイニングに入ると、まず天井の高さが変わる。

客室より、少し高い。

ほんの数十センチの違いだろうけど、体感ははっきり違う。

ここから食事の空間だと意識させる。

人間は単純だ。
天井高が変わるだけで、気分が切り替わる。

開口部は横に長い。

縦に大きな窓ではなく、
水平ラインを強調した窓。

視線が左右に流れる。

落ち着く。

縦の強調は、どうしても緊張感を生む。
横は、安心感。

海はみえない。夜の暗さを十分に感じられる。

照明の照度設計が素晴らしい。

席に案内される。

隣の席との距離が、近すぎない。

でも、孤立もしない。

声は聞こえるけれど、内容までは分からない。

この距離感、絶妙。

図面を引く段階で、相当シミュレーションしているはずだ。


五島の魚を使った前菜。

盛り付けはシンプル。

余白が多い。

建築と同じ思想か。

派手な装飾はない。

素材をそのまま出す。

輪郭がはっきりしている。

足し算ではない。

建築と似てる。

料理も、
調味を足さない。

「素材が主役」という思想が、建築と料理で一致している。

こういうところが噛み合っている宿は、印象に残る。

料理を食べながら、ふと窓の外を見る。

夜の海は、ほぼ黒。

海のうごきがほんのかすかに分かる。

これがいい。

夜景がキラキラしていないからこそ、落ち着く。

都会のレストランだと、
ついスマホを触ってしまう。

でも、ここでは触らない。

触る理由がない。

料理を食べる。

夜を感じる。

たまに、深く息をする。

テーブルの上だけが、ほんの少し明るい。

これは舞台照明だ。

料理が主役。

人は脇役。

建築は裏方。

全員、自分の役割を守っている。

デザートを食べ終える頃、妙に満足している自分に気づく。

量が多いわけじゃない。

豪華絢爛なわけでもない。

でも、満ちている。

たぶん、空間ごと食べたから。

建築は、味覚にまで影響する。

昔から分かっていることだけど、
こうして体験すると、改めて実感する。


別日の12月25日はクリスマス特別ディナーショー。

とても美しい人気歌手 JILLE さんのLIVE。

素敵な歌声に包まれる。

クリスマス特別会席コース。

素晴らしい空間、時間。

幸福感で心が満たされる。


部屋へ戻る途中、窓越しに外を見る。

夜の建築は、昼よりさらに控えめ。

輪郭だけが、ぼんやり浮かぶ。

いい。この感じ。

主張しない。
でも、ちゃんとそこにある。


この宿のダイニングは、
料理を食べるだけ場所ではない。

五島という土地を、建築ごと味わう場所だ。

料理が美味しいのは前提。

でも、
「この空間で食べた」という記憶が、
味を何段階も引き上げる。

建築は、やっぱり体験装置だとおもった。

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