堂崎教会 第7話

歴史的建造物

別れが残すもの ― フェリーの上で揺れる余韻


旅の終わりは、いつも静かにやってくる

出発の朝、港の空は淡い水色だった。
雲は薄く、風もほとんどない。

福江港は、行きに来たときよりも、少しだけ賑やかだった。
観光客のスーツケース。
島に戻る家族。
漁に出る人たち。

私はフェリーのタラップを前に、ふと立ち止まった。

「もう、帰るんだね」

声に出した途端、胸の奥に、ひやりとしたものが落ちた。

祐介は、私の横で港を眺めながら、静かに頷いた。

「うん。
でもここ、不思議とさよならって感じがしない」

私はその言葉に、少し救われた気がした。

堂崎教会を訪れた数日間は、短かった。
でも、時間の密度は、驚くほど濃かった。

祖母のこと。
母のこと。
家族のこと。
死のこと。
祈りのこと。

そして、今の自分のこと。


フェリーのデッキで交わした言葉

フェリーがゆっくりと岸を離れる。
福江島の町並みが、少しずつ遠ざかっていく。

私はデッキに出て、手すりに寄りかかった。
祐介も、黙って隣に立つ。

海は穏やかで、光を反射してきらきらしている。
あまりにも美しくて、胸が少し苦しくなった。

「ねえ」
私が先に口を開いた。

「この旅、誘ってくれてありがとう」

祐介は、少し照れたように笑った。

「俺のほうこそ。
一人だったら、きっと建築の話ばっかりで終わってた」

私は、くすっと笑った。

「それも悪くないけどね」

しばらく、波の音だけが続いた。

そして、祐介が、少し躊躇うように言った。

「また、来ようか」

私は、その言葉に、胸がきゅっと締めつけられた。

「ここに?」
「うん。堂崎教会だけじゃなくて、
福江島の教会、ちゃんと巡ってみたい」

私は、ゆっくり頷いた。

「いいね。
今度は、もっと時間をかけて」

それは、はっきりした約束ではなかった。
日付も決めない。
確実に実現する保証もない。

でも、その曖昧さが、今の私たちには、ちょうどよかった。


切なさの正体

フェリーの中に戻り、窓際の席に座る。
島は、もうかなり遠くなっていた。

私は、ふと気づいた。

寂しい。

恋愛とも、友情とも、はっきり言えない感情。
でも確かに、誰かと同じ場所で、同じ時間を過ごしたことが、
こんなにも心に残るのだと。

「切ないね」
私がそう言うと、祐介は静かに頷いた。

「うん。
でもいい切なさだと思う」

私は、その言葉を、何度も心の中で繰り返した。

いい切なさ。

別れがあるから、出会いは意味を持つ。
終わりがあるから、祈りは続く。

堂崎教会で感じた死生観が、
ここで、静かに自分の中に根を下ろしていくのを感じた。

死は終わりじゃない。
別れも、終わりじゃない。

ただ、形を変えて、続いていく。


祖母の言葉を、もう一度思い出す

窓の外を眺めながら、私は祖母の声を思い出していた。

大丈夫。怖がらなくていいよ。

あの言葉は、死に向けられたものだけじゃなかった。
別れにも、人生にも、向けられていたのだと、今なら分かる。

生きることは、別れの連続だ。
人と別れ、場所と別れ、時間と別れる。

でも、すべてが失われるわけじゃない。
記憶は残る。
祈りは続く。
建築は立ち続ける。

堂崎教会は、そうやって、何百年もの別れと再会を見守ってきた。

私は、胸の奥で、静かに決めた。

また、必ずここへ来よう。

それは、祖母に会いに来ることでもあり、
自分自身に会いに来ることでもある。

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