堂崎教会 第5話

歴史的建造物

家族という建築 ― 見えない柱が支えていたもの


建築と家族は、似ている

堂崎教会を再び訪れたその朝、空は薄い雲に覆われていた。
陽射しは柔らかく、海は昨日よりも静かだった。

「ねえ、建築ってさ。家族に似てると思わない?」

私がそう言うと、祐介は少し意外そうにこちらを見た。

「どういう意味?」

私は、ゆっくり言葉を選んだ。

「見えない柱とか、梁とか。
普段は意識しないけど、なくなったら一気に崩れるところとか」

祐介は一瞬黙ってから、静かに笑った。

「それ、すごく建築的な見方だよ」

堂崎教会の内部に入る。
昨日よりも人が少なく、空間はほとんど私たちだけのものだった。

天井を見上げると、木の梁が規則正しく並び、
空間を優しく支えている。

「柱って、全部が目立つわけじゃない」
祐介が言う。
「でも、一本でも欠けたら、全体が歪む」

私は、その言葉を胸にしまいながら、祖母の顔を思い出していた。

祖母は、家族の中心に立つ人だった。
声を荒げることは少ない。
でも、祖母が黙っていると、家の空気が一気に張りつめた。

誰かが泣けば、何も言わず背中を撫でる。
喧嘩が起きれば、最後に必ず祖母が仲裁に入る。

あの人は、いつも見えない柱だった。


母へ、そして私へ受け継がれたもの

「ねえ、あなたのお母さんって、どんな人?」
祐介がふと聞いた。

私は少し考えてから、答えた。

「強い人。
でも、強いって言うより、我慢強いかな」

母は、感情をあまり表に出さない。
家族の前ではいつも平気な顔をする。
本当は疲れていても、悩んでいても。

「おばあちゃんに、似てる気がする」
そう言うと、祐介はゆっくり頷いた。

「それって、無意識に受け継がれてるんだろうね」

隠れキリシタンの家系では、
信仰だけじゃなく、生き方そのものが受け継がれてきた。

語らないこと。
耐えること。
守ること。

私は、母が祖母の葬儀の夜、一人で泣いていた姿を思い出した。
誰にも見せず、静かに声を殺して。

「母はね、ずっとちゃんとしなきゃって言うの」
私は言った。
「家族を守るのは、女の役目みたいに」

祐介は、少し眉をひそめた。

「それ、きっと祈りの名残なんじゃないかな」


隠れキリシタンの家族愛という信仰

隠れキリシタンにとって、信仰は個人のものじゃなかった。
それは、家族全体のものだった。

一人が裏切れば、全員が危険に晒される。
一人が祈りを忘れれば、家系そのものが途切れる。

だから、祈りは家族愛とほとんど同じ意味を持っていた。

「信仰って、神様のためだけじゃなくて、
家族を守るためのものだったんだろうね」
私が言うと、祐介は深く頷いた。

「たぶん、生き延びるための愛かな」

私は、祖母がいつも言っていた言葉を思い出した。

家族は、離れても、つながってる。

その意味が、今になって少し分かる。

祈りは、神に向けたものでもあり、
同時に、家族に向けた約束でもあったのだ。


祖母の最期と、残された祈り

私は、祖母の最期の夜のことを話し始めた。

病室は、夜になると驚くほど静かだった。
祖母は目を閉じたまま、私の手を握っていた。

「大丈夫」

かすれた声で、そう言った。

私は何が大丈夫なのか分からず、
ただ「うん」と何度も頷いた。

「怖くないよ」
祖母は、そう続けた。

その顔は、不思議なほど穏やかで、
死を前にしている人の表情じゃなかった。

「帰るだけだから」

その言葉を、私は当時、理解できなかった。
でも今なら分かる。

帰る、という感覚。
神のもとへ、先に逝った家族のもとへ。
そして、祈りの続きの場所へ。

祐介は、私の話を黙って聞いていた。

「きれいな最期だったんだね」
そう言って、少しだけ目を伏せた。

私は、胸の奥が熱くなって、何も言えなくなった。


家族という建築は、今も続いている

堂崎教会のベンチに座り、しばらく二人で黙っていた。

天井の梁が、静かに空間を支えている。
誰にも注目されず、誰にも褒められず、
ただ、当たり前のように。

「家族って、完成しない建築だよね」
祐介が言った。

「壊れたり、直したり、増築したりしながら、
何世代も続いていく」

私は頷いた。

祖母がいて、母がいて、私がいる。
私に子どもができるかどうかは分からない。
でも、祈りの形は、きっと何かしらの形で続いていく。

それは、宗教というより、
誰かを大切に思う心として。

堂崎教会は、そのことを、静かに教えてくれていた。

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