30代の私たち ― 現代に残る信仰と建築の役割
仕事に戻れば、きっとまた忙しくなる
宿に戻る途中、島の小さな商店で飲み物を買った。
レジのおばさんが「今日は天気がいいねえ」と笑う。
その笑顔だけで、心がほどける。
東京に戻れば、私はまた、締切に追われ、メールに追われ、
「ちゃんとしなきゃ」に追われるのだろう。
祐介も同じだ。
設計の仕事は、常に現実と戦っている。
予算、法規、工期、クライアント。
美しい建築を作る余裕なんて、簡単に奪われる。
「30代ってさ、余白がなくなるよね」
私が言うと、祐介は苦笑した。
「分かる。全部結果を求められる。
ちゃんと稼いで、ちゃんと作って、ちゃんと生きろって」
堂崎教会にいたときの静けさが、遠くなる気がした。
でも同時に、あの静けさを、ここで終わらせたくないと思った。
堂崎教会が教えてくれた余白
「教会って、機能としては単純だよね」
祐介が言った。
「祈る場所。でも、それだけじゃない」
私は頷く。
「祈るって、今の私たちには馴染みが薄いかもしれないけど、
要するに、心を整える場所だよね」
堂崎教会の内部は、派手さがない。
でも、あの空間には、確かに余白があった。
人を急かさない余白。
弱さを責めない余白。
涙を隠さなくていい余白。
「建築って、すごいね」
私が言うと、祐介は少し照れたように笑った。
「すごいのは、建築を必要とした人たちだよ。
ここを建てた人、守った人、祈った人。
そういう人たちがいたから、建築が意味を持つ」

信仰と死生観 ― 現代の私たちが受け取るもの
夜、宿の窓を開けると、海の匂いが流れ込んできた。
波の音が遠くで続いている。
私はベッドの上で、祖母の顔を思い出していた。
祖母は、亡くなる少し前、私の手を握って言った。
「大丈夫。怖がらないでいいよ」
そのときは、何が大丈夫なのか分からなかった。
でも今なら、少し分かる気がする。
死は終わりじゃない。
祈りは続く。
家族の記憶の中で、人は生き続ける。
それが、キリスト教を土台とした死生観の、優しさなのかもしれない。
祐介が小さく言った。
「俺さ、最近、怖いんだよね」
「何が?」
「ちゃんと生きられてるのか、分からなくなる」
その言葉に、私の胸がぎゅっと縮んだ。
私も同じだ。
仕事を頑張っても、満たされない日がある。
家族と会っても、距離が埋まらない気がする日がある。
そして、ふとしたときに、死のことが怖くなる。
「怖いなら、祈ればいいのかな」
私が冗談みたいに言うと、祐介は静かに笑った。
「祈りって、お願い事じゃないんだってさ。
ここにいるって確認することらしい」
私は、その言葉を何度も反芻した。
ここにいる
それはつまり、
今を生きている、ということ。
家族がここにいた、ということ。
祖母がここにいた、ということ。
きっとそうゆうこと。

建築は、心の避難場所になれる
堂崎教会は観光名所でもある。
けれど、それだけじゃない。
あそこは、心の避難場所でもある。
「福江島の教会建築って、観光のためにあるんじゃなくて、
生活のためにあるんだね」
私が言うと、祐介は頷いた。
「そう。祈りって、生活の一部なんだと思う。
隠れキリシタンの時代は特に、生活そのものだったんじゃないかな」
私は、祖母が仏壇の前で長く手を合わせていた理由を、少しだけ理解した。
祈りは、奇跡を起こすためじゃない。
折れないための、呼吸みたいなものだった。
小さな約束のようなもの
翌朝、再び堂崎教会を訪れた。
朝の光は、昨日よりも柔らかく、赤レンガを明るく照らしていた。
「また来たいね」
私が言うと、祐介はすぐに頷いた。
「うん。今度は、もっとゆっくり。
ここだけじゃなくて、福江島の教会を巡る旅もしてみたい」
私は笑った。
その笑顔が、自分でも驚くほど自然だった。
堂崎教会は、私に何かを教えたわけじゃない。
ただ、思い出させてくれた。
家族を守ること。
祈りを続けること。
そして、弱いままでも生きていいこと。
それは、30代の私たちにとって、十分すぎるほどの救いだった。



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